大和重工が歩んできた190余年にわたる道のり。そのほんの一部となりますが、ご紹介します。
ここに記された物語の続きを、今そしてこれから先もずっと、綴っていきたいと思います。
広島藩の御用鋳物師、瀬良嘉助が城下の広瀬村で「茶屋」屋号で鍋・釜の製造販売を始めた。大和重工の興りとされる

先代を襲名した二代目嘉助が事業にあたり、明治初期に肉厚の非常に薄い(3.5〜4mm)長州風呂(五右衛門風呂)が発明されると、いち早く導入し、製造・販売で成功をおさめるなど事業拡大に努めた
三代目嘉助は呉・佐世保両海軍工廠の拡張工事で施設用の鋳物を大量に受注
さらに大阪砲兵工廠から只同然の鉄くず(ダライ粉)の払下げを受け、改良の末、良質の鋳物づくりに成功、莫大な利益をあげた
明治39(1906)年秋ごろから海外市場が不況を迎え、翌40年金融恐慌。不況の反動は大きく、三代目嘉助は破産宣告を受けた
三代目嘉助の後を受けて、弟の嘉一が事業にあたることになった
嘉一はさらに事業拡大を図るため、これまでの瀬良商店を株式組織に改め、資本金50万円で瀬良商工株式会社を設立、本社は広島市広瀬町においた。主要事業は鍋・釜・風呂釜・鋳物機械などの製造販売

第1次世界大戦の好況からおよそ1年後、日本経済は、一転して不況になった。瀬良商工も経営困難に陥り、資本金を25万円に減資
資本金6万円に減資し、嘉一退任、田中保社長就任
本社を広島市広瀬町から現住所の広島市可部に移転
住野鋳造所を吸収合併、資本金6万6千円に増資
1926年当時の本社
田中保死去により息子の田中恭造が社長就任
資本金15万2千5百円に増資
資本金51万円に増資、機械工場を増設
大和(ヤマト)重工株式会社に改称
資本金150万円に増資、工作機械の設備拡充
株式会社観音鋳造所を吸収合併し、観音工場と呼称。資本金165万円に増資し、大和(ヤマト)重工業株式会社に改称
大和(ダイワ)産業株式会社に改称し、新たにスタートする
大和(ダイワ)商事株式会社を吸収、資本金550万円に増資。このころから船舶用の舷窓及びスチームラジエーターなど生産、各造船所に納入した
大和(ダイワ)重工株式会社と改称(現社名)
田中恭造が取締役会長に、田中隆平が取締役社長にそれぞれ就任
風呂釜のホーロー引きを開発・生産
観音工場を閉鎖し、本社工場に吸収
船舶用仕切り弁、G型弁、L型弁のJIS規格の表示許可を受け、初めて自社ブランド「DAIWA」の製品が産業界に出る
船舶用バルブ、陸用バルブ、バタフライバルブなど弁類の製作開始
通商産業省(現 経済産業省)より大型機開発の補助金を受け、大型プレーナー・ミーリング複合機の製作に着手(国産最大仕様)

大和重工技術陣の総力をあげて取り組んだ自社ブランドの大型プレーナー完成、業界デビューを果たす
吉田工場新設。鍋・釜・風呂釜など伝統的な製品の生産拠点となる
関東地区特約店を対象に関東丸広会、後の大和会を結成

熊本工場新設
良質鋳型の増産と高級鋳鉄の製造を行った
大阪出張所を大阪営業所に昇格
取締役会長田中恭造死去
熊本工場を閉鎖し、本社工場に吸収
八幡出張所を北九州出張所と改称し、併せて福岡出張所を新設
東京出張所を東京営業所に昇格
湿式ホーローから乾式ホーローへ切り替わる
東京都青梅市羽村工業団地に東京工場新設
名古屋出張所を新設
関東地区に続いて近畿・中部・中国・九州各地区に大和会が結成され、11月に高知市で四国大和会結成を最後に、全国的組織づくりが終了
北九州出張所を閉鎖
福岡・名古屋各出張所を営業所に昇格
本社ホーロー加工設備を吉田工場に移設し、一貫体制を確立
仙台出張所を新設
増西春三が取締役社長に就任
日本初の肘掛けやグリップ付きの風呂を発売。爆発的な実績を残す
東広島出張所を新設
仙台出張所を営業所に昇格
東京工場を閉鎖し、吉田工場に吸収し、ホーロー浴槽の集中生産を行うこととなる

東京配送センターを新設
東広島出張所を閉鎖し、広島営業所に吸収統合
田中保昭が取締役社長に就任
カラーグラデーションのホーロー浴槽〈アートシリーズ〉発売。ダイワの浴槽に新しい表情をもたらした
高松営業所を新設
大羽釜を広島東照宮に奉納
DQCの導入推進
三菱重工業(株)横浜製作所金沢工場より大型フレームボックス受注
インド・ラクシミ社から高周波焼入機受注、翌年3月完成、納入・据付まで担当者が出張、任に当たった
高級鋳物ホーロー浴槽〈翡翠シリーズ〉発売
人間工学をもとに快適設計を追求し、数々の新製品を発売させる

国内最大級のコアノックマシン据付稼動(本社鋳物工場)
吉田工場にホーロー焼成炉完成
造機工場にマシニングセンター2号機稼動開始
本社社屋広告塔完成
創立70周年を機に広島市西区商工センターに広島営業所を新設、同時にショールームを新設
世界一の鋳鉄製大羽釜を製作
創立70周年 商工センターにショールームBATH-STOPを新設
田中保昭は、お客様との新しいコミュニケーションスタイルとして「バスストップ」という快適な生活空間を創造するリラクゼーションスポットを、広島市西区に新設した
食のフェスティバルに大羽釜を展示
前年から開発を進めてきた戸建て住宅用ユニットバス発売
5面加工機本格稼動(造機工場)
吉田工場に鋳張り取り全自動ライン完成
鋳物ホーロー浴槽TBタイプに新機種加わる
吉田工場、フラン造型ライン化稼動
仙台営業所を閉鎖し、東京営業所に吸収
鋳物ホーロー浴槽、新機種R-130、RD-130発売
鋳造工場、フラン砂回収再生装置稼動
1995年阪神淡路大震災を機に防災用品の開発に取り組む
ダイワオリジナルアウトドアブランド「湯牧民」(五右衛門風呂)発売(バリエーションは5タイプ)
DDパター発売

やまと風呂発売(4タイプ14アイテム)
小型かまどセット「かまどん」発売(平成12年第7回ひろしまグッドデザイン賞大賞受賞)
大和プロジェクト21発足

本社2階展示場を改装し、イメージ一新
移動かまど発売
湯牧民が重たいことから、日本赤十字社より「軽くて持ち運び可能な釜」の要望を受け開発
新潟中越地震以降、毎年起こる災害時は地元団体と合同で炊き出しを実施

第24回西条ふるさと祭りで大羽釜が活躍(5000人分の豚汁でき上がり)
ISO(国際標準化機構)9001認証取得
資本金6億5100万円に増資
本社工場生産革新運動ーDASH21スタート
新潟中越地震被災者を「移動かまど」で支援
JR可部駅西口広場に可部の鋳物づくりの歴史の象徴モニュメントとして、大和重工の五右衛門風呂と大羽釜が設置された

本社鋳造工場に25トン電気炉2基設置・稼動
CASTIEシリーズ発売
国内で唯一のホーロー浴槽メーカーに
焼鈍炉竣工
中四国初の大型炉 体移動式熱処理炉(焼鈍炉)
田中宏典が代表取締役社長に就任
五右衛門風呂脚付 発売
広島営業所を本社に吸収
創立100周年を迎える
産業機械部門の自社商品「DAIWA 定盤」の発売をはじめ、産業界への貢献が本格的に始まる
CASTIEシリーズ新型1700浴槽開発
最大級サイズの鋳物ホーロー浴槽の開発に成功した
鋳物ホーロー浴槽やまと発売開始。ホーロー釉薬の独自の開発により、新しい和風調の浴槽の開発に成功。多様な顧客ニーズに応えることができるようになる

自社商品を用いた火育、食育、防災事業を発足
自社オンラインサイトを開設
食の事業「まるひろ食堂」を発足する
DAIWA定盤特設サイト「鋳物定盤カスタムナビ」を開設
DAIWA 定盤
鋳物ホーロー浴槽特設サイト「YUMORE」を開設

移動かまど特設サイトを開設
